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    ◎日本ソマティック心理学協会第2回大会に参加して

    ◎日本ソマティック心理学協会第2回大会に参加して

     先週の10/3・4に上智大学で、日本ソマティック心理学協会の第2回大会が行われ、名ばかりの運営委員で恐縮なのですが、今年はレクチャーを担当させていただき、4日の日に参加させていただきました。

     この協会は、心理学の領域にソマティック(身体的)な視点をもっと認識することを目指しています。逆に、私の専門の心療内科は、サイコソマティックともいわれ、体(ソマ)の領域に心(サイコ)の視点をもっと認識しようとしているものです。

     この日本ソマティック心理学協会は昨年発足したばかりの新しい団体ですが、久保隆司会長の真剣な活動に賛同して多くの研究者・実践家が集っています。

     今回のレポートは、いろいろな講演の内容そのものを細かくご紹介するのではなく、当日の方向性や立場などから、感じたり考えたことをご紹介します。

    ○特別講演「Somaと聖書・禅」門脇佳吉(上智大学名誉教授)から

     4日の日は、まずは、特別講演として、神父さんでありながら禅も修めていらっしゃる、かの有名な門脇佳吉上智大学名誉教授のお話から始まりました。

     以前からご高名な方で、まだご存命だったのだと知った次第ですが、来年1月には90歳になられる好々爺の風情の方で、多少足が弱くなられていますが、声はしっかりして頭脳も明晰でいらっしゃいました。
     
     抄録には上記のように「Somaと聖書・禅」と掲載されているのですが、講演の前にプリントが配布され、補足の資料かなと思って見たところ、そこには、
    Ⅰ)久保隆司「ソマティック・スピリチュアリティ」への反論
    1.「拙著『身の形而上学』を読む」の誤読。
    2.「ソマティック・スピリチュアリティ」という概念は、正確に定義されていず、多義的で曖昧模糊として学術語として使えない。
    とタイトルが修正されていました、、!

     この協会の代表的な立場である久保氏の文章、および、久保氏が提唱している「ソマティック・スピリチュアリティ」に対しての批判となっています、、!

     通常は、あまりこういう状況は起こらないわけですが、90歳を迎える大家の方ですので、変な遠慮はなく、ご自分の著作に対しての文章や、ご自分が大事にされてきた「スピリチュアリティ」について、見解をお述べになったわけです。

     まず、1つめの「拙著『身の形而上学』を読む」の誤読、という点ですが、誤読の理由として、「この拙著『身の形而上学』は長年にわたる著者の宗教的修行によって書かれたもの」であり、「久保氏は宗教的修行をなすことなく、自分の知的能力で理解できたことだけを拾い読みして「ソマティック・スピリチュアリティ」なるものを提唱しようとしている」と指摘しています。

     なるほど、指摘された意味合いは分かりますね、、。門脇氏は、出家者として、キリスト教と禅宗の両方の修行をしっかりなされ、そこから導き出された内容なのだ、ということです。

     おそらく、日本の中に、肩を並べる修行をした方はまずいないでしょう。その同じ境地に達した人はまずいないでしょう。

     そうなると、誰も感想や意見をいえなくなってしまいますね、、。しかし、それはやはりおかしな現象になります。久保氏は、ご本人なりに出家僧までの修行ではないかもしれませんが、真摯な学びと経験を積まれてきたことは間違いありません。

     当日の45分の講演では時間が足りないのだと思いますが、できましたら、門脇氏から具体的に久保氏の記述のどこが同意できないとか、見解が違う、という点を学べればありがたいと思います。

     2つめは「ソマティック・スピリチュアリティ」という概念は曖昧であり、学術語として使えない、というものですが、まずは、心理(サイコ、マインド)の領域と体(ソマ)を結びつけようとする「ソマティック心理学」が新しいのに、さらに霊性(スピリット)までを体(ソマ)と結びつけることをすでに提唱していることに感嘆しました、、。

     久保氏の先鋭的な、斬新な姿勢に、改めて敬意を表したいと思います。私は、名ばかりの運営委員でしたので、久保氏がここまで追求されていることをあまり知りませんでした、、(反省)。

     さらに先鋭的なわけですので、今の学会の学術語には到底ない言葉だと思われます、、。医学領域では、ワイル博士が提唱した「治癒系healing system」という用語がやはり学術語ではないけれど、とても役に立つ概念であることが重なりました、、。

     この2番目の批判の際に、門脇氏が「学会は、やはり学問的にやらないと後で発展しないから」と言われていましたが、この点を少し検討しましょう。

     この団体は「日本ソマティック心理学協会」となっており、「学会」ではなく「協会」となっています。私の主たる活動の場である日本ホリスティック医学協会も、「協会」と名乗っています、、。

     学会となると、その領域の研究者または臨床家でないと、関われない状況です。協会は、研究だけに限らず、活動をすることを目指しています。

     質問の場で、敬愛する大下大圓氏が「自分はスピリチュアルケア学会で活動しているが、スピリチュアルという言葉の定義についてやはり検討した結果、定義を決めることでかえって幅が狭くなることにもなるので、今は討論を続けていくことでいいのではないかという結論になったが、いかがでしょうか」という素晴らしい発言がありました。

     この団体は「協会」と名乗っていますので、いわゆる学会の厳格な規則、規律に合わせる義務はないことになります。が、一方、「学」と名乗っていますので、学問的な姿勢は持っている必要はある、というのが私の見解です、、。

     それにしても、その場にいらっしゃった当事者の久保隆司氏が平然とされていた、その度量の大きさ、人間性に改めて感服した次第です。

    ○講演「身体心理学入門 -カラダからココロへのアプローチ」山口 創(桜美林大学教授)から

     次の時間帯からは、選択プログラムとなり、自分の好きな小会場に分かれて受講する形態になりました。私は、最近「手の治癒力」などで知られ、ホリ協の関西支部でもお話しいただいたことのある山口先生の身体心理学入門の講座に出席しました。

     まず、この「身体心理学」という領域を開拓されたのが早稲田大学の春木豊名誉教授であり、主な視点として、
    ①呼吸
    ②筋反応
    ③姿勢
    ④表情
    ⑤対人距離、身体接触
    の5つがあるとのことです。

     ここで、気づくのが、①~④はその人の中での事象ですが、⑤の「対人距離、身体接触」になると、周囲との関係性に視点が広がっています、、。

     そして、この⑤の視点を山口先生は、ご自分の中心にされているそうです。最近の、山口先生のご著書は、手だけでなく、皮膚とか腸まで広がっていらっしゃり、私からみますと、よりホリスティックになられていると感じていました。

     そして、質問で「身体心理学でいうココロとは、主に感情・情緒のことを扱っている」ことがはっきりしたのが、収穫でした。「精神」とか「理性」とか「認知」などの機能は、今の段階ではほぼ扱っていないそうです。

     そこで、感じたのが、感情・情緒の変化・反応はつかみやすいわけですが、できれば、カラダへのアプローチによって、ココロの中の「理性」や「認知」、そして「信念」まで影響できるかどうかを研究できると、素晴らしいのではということです。

     これは、「言うは易し、行うは難し」なのだろうと思いますが、ホリスティックな視点からは、そこまでの長期で深い研究がなされることを願うものです、、。

    ○自分の講演「ソマティック心理学とエネルギー医学 ~量子解剖生理学の視点を含めて」

     午後すぐに、自分の担当の講演となりました。ほとんどのセッションがワーク・実践であるのに対し、このようなレクチャーにどのくらいの方が来るのか、??でした、、。

     時間間近かになって、驚きです、、! 結構若い女性たちが多く入ってこられ、25名くらいのうち9割が女性でした。このため、最初に、「ソマティック心理学とエネルギー医学のレクチャーですが、間違っていませんね?」と確認をとり、笑われました、、(気が弱いものですから、確認しただけです、、)。

     若い女性たちが、真実を求める熱意が強いことは感じていましたが、このような量子物理学の内容に対しても意欲的なことに、とても日本の将来に希望を持ちました、、(話が大きくなりすぎ、、?)。

     40分程度だったので、さわりだけの感じになってしまいましたが、皆さん、熱心に取り組んで下さり、こちらも嬉しい気持ちで終わりました。難点は時間の余裕がなく、お決まりのギャグ、ボケをいくつもカットせざるを得なかったことです、、。

    ○分科シンポジウム「身体とスピリチュアリティ」
     門脇佳吉、久保隆司、合田秀行(日本大学教授)、葛西賢太(宗教情報センター研究員)、長谷川智(桐朋学園大学講師)、大下大圓(飛騨千光寺住職、高野山大学客員教授)、降矢英成

     そして、その後に、2時間の分科シンポジウムのパネリストに急遽、久保会長のお声掛けで、大下先生とともに加えていただき、参加しました。

     主たるテーマが「瞑想を巡る対話」ということで、自分は修行として瞑想はしていないため、適していませんが、心療内科医、ホリスティック医学の立場から、この領域の蒼々たるメンバーの中に入れていただき、門脇先生がさらに追加でいろいろご発言なさるとお聞きし、勉強のつもりで楽しみに参加しました。

     この中で、在家の山伏でもある長谷川氏が、「在家の者は出家されて修行されている人たちとは違った大変さがある」と言われたのが残っています。

     また、私は、「瞑想」をどのような視点で行うのかの区別もしていただきたいことを提案しました。

     出家された方は、修行として高みを目指して行うわけですが、瞑想はそういう目的だけでなく、俗世で困っている患者さんにも有用なわけでして、マインドフルネス瞑想などがあります。

     そして、敬愛する大下先生(先生は私に敬愛されて迷惑かもしれませんが)は、「臨床瞑想法」という用語を用いて、医療の中で活用する内容を提示していただいています。

     私も7月に参加させていただき、とても一般人、患者さんにわかりやすく、臨床向きの瞑想でした。大下先生はとても庶民的な方で、このシンポでも「宗教資源をもっと活用しましょう」と言われていました、、。

     そして、大下先生は高野山の密教(エソテリック・ブッディズム)のご専門ですが、私は、今、神智学の流れの秘教治療(エソテリック・ヒーリング)を学んでいることも引き合いにして、秘教ではこのような見解がある、、ということも発言させていただきました。

     そうしましたら、終了後に、宗教情報センターの葛西氏が近づいてきて下さり、「誰から秘教治療を学んでいるんですか?」「最近、ブラバツキー夫人のイシス・アンヴェールドが訳されましたね」などと語りかけて下さりました。

     そこで、神尾学氏の話になったり、帰路に新宿紀伊国屋に立ち寄り、思い切ってブラバツキー夫人の「イシス・アンヴェールド」と1冊だけ残っていた「シークレット・ドクトリン 宇宙発生論」を入手することになったりと、嬉しい出会いでした。
     「ソマティック心理学」の名のもとに集まる方々も、ホリスティック医学の名に集まる方々以上に、興味深い方々でした! いやぁ、濃い1日でした、、。
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    Dr.降矢のホリスティックブログ | 【2015-10-05(Mon) 13:32:53】 | Trackback(-) | Comments(-) | [編集]

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